“呪われたアメシスト”が海を越えて日本に

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呪われたアメシストっていったい何?と、とても気になるタイトルですよね。今回は、そんな呪われたアメシストについてご紹介いたします。

アメシストってどんな石

アメシストは、和名「紫水晶」というもので、二月の誕生石です。「酔わせない」を意味するギリシャ語アメテュストスが語源です。ぶどう酒を意味する「メツウ」+酔うを意味する「メタス」、それを否定する意味を加え「アメトュトス」になったとされています。ブラジル・ウルグアイ・南アフリカなどで良く産出されています。

日本に呪われたアメシストがやってくる!?

2017年3月に国立科学博物館(東京・上野公園)で行われる「大英自然史博物館展」に「呪われたアメシスト」がやってきます。

所有者に多くの不幸をもたらしたとされるこのアメシストの標本は、「これは呪われており、血と、かつての所有者たちの不名誉で染まっている」という手紙とともに大英自然史博物館に届けられました。最後の所有者であったエドワード・アレンは、運命から逃れるため、運河に標本を投げ入れましたが、発見され彼の元に戻されたという逸話があります。
大英自然史博物館展とは大英自然史博物館が誇る8000万点の収蔵標本の中から、世界的にも貴重な「至宝」のコレクション約370点を選りすぐり、一堂に展示するものです。

呪われたアメシストとは?

ヘーロン・アレン氏の物語によると、呪われたアメシストはもともと大英帝国の支配下にあったインドのインドラ神殿の所有物であったそう。しかし、19世紀半ばにインドで、帝国の統治に抗った人々による大反乱が起こりました。その際、神殿は略奪を受け、フェリス大佐という軍人が国外にアメシストを運び去ったと言われています。しかしフェリス大佐はその日以降、財産を失い、体も悪くしてほどなくして亡くなってしまいました。フェリス大佐の死後、宝石を相続した息子も不運に苦しみ、博識家であるヘーロン・アレン氏にアメシストを渡すことにしました。しかしヘーロン・アレン氏も扱いかねて、さまざまな友人に宝石を譲り渡したが、受け取った側は自殺したり、災害に遭ったり、失脚したりし、結局舞い戻って来てしまいます。一度は運河に投げ捨てもしましたが、3か月後には浚渫(しゅんせつ)船がそれをすくい上げ、知人が入手し、結局買い取るはめになったそうです。そのため、最後には7重の箱に収めて銀行の金庫に入れ、彼の死後33年が経つまで日の目を見ないようにと指示したと言われています。ところがヘーロン・アレン氏の娘は、20世紀半ばに父が死ぬと1年もたたないうちに呪われた紫水晶を博物館に寄贈してしまいました。
この話で出てくる寄贈した博物館というのが大英自然史博物館であり、今回、東京に運ばれてくる「呪われたアメシスト」なのです。

ちなみに博物館の学芸員によると、呪われた紫水晶の伝説は創作の可能性が高いともいわれています。実はヘーロン・アレン氏は「Christopher Blayre(クリストファー・ブレア)」という別名で怪奇小説を執筆していたのです。1921年に発表した「紫のサファイア(蒼玉)」という作品に信憑性を持たせるための背景としてこの話を作ったのではとも推測されています。
しかし、伝わっている呪いと細部がよく似た事件が、過去に実際に起きていたという報告が博物館にはいくつも集まっているので、どうやらすべてが嘘とも言い切れないというのが現状のようです。

まとめ

今回は、呪われたアメシストについてご紹介してきました。いかがでしたか?もし、ただ、作家さんがフィクションで作った話かもしれないという説もありますがこの逸話が本当ならばとても怖いですね。そんな、アメシストの標本が日本にやってきます。ぜひ、足を運んでご自身の目で見てみてくださいね。また、呪われていないアメシストのジュエリーもとても魅力的ですのでぜひチェックしてください!

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